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そして私たちは無期限の旅に出る

そして私たちは無期限の旅に出る

奄美大島で迎えた皆既日食の日に、1000人ほどの人々に結婚を祝ってもらったことを書いた「太陽と月の婚姻の儀」の続きです。

バックパックに収まるものだけで生きていく

私たちはほとんど何も持ってなかった

 

戻る会社もない
しがみつく肩書もない
振り返ってはうっとりするような過去ももう手放した

 

だからと言って輝かしい未来がある訳でもなく
あるのは未知だけだった

 

どうなるのだろう
どうなるか分からない

 

その分からない、があるだけだ

・・・と書くとなんだかものすごい勇気の持ち主のようだけれども、実際は違っていた。どこかの英雄物語のようにわたしはそのことにただワクワクしていたかと言えば、そんなこともなかったのだ。

何もないことは怖かったし、どうなるか分からない自分のことも怖かった
約束された未来もないし、何にしがみつけばいいかも分からなかった

けれども、幸いわたしにはパートナーがいた
この旅のパートナーであり、わたしの今世のパートナー

未知への怖さが時折入り混じりながらも18kgのバックパックをえいっと背負い、まだ見ぬ世界にわたしはダイブした。

旅のはじまりは・・・

旅の1ヶ国目はタイにした。旅慣れてないわたしへのFからの配慮である。
とは言えども、降り立ったその土地の雑多なエネルギーにしばし圧倒されるわたし。南国ならではの蒸し暑さに、排気ガスの匂いが乗り、何度もウっとなる。交通ルールや信号なんてほとんど機能してないように感じ、それぞれがそれぞれの行きたいように走る車やバイク。何車線にもなる広いバンコクの道路を渡るだけでもわたしは、その日すべてのエネルギーを使い果たさなければならないくらい。やすやすとそれらの車やバイクの合間を抜け、先に渡り切ったFが少し笑いながら道路の向こうでわたしを待っている。
いつだって彼はそうだ。悔しいくらいすいすいと物事を器用にこなしてしまい、わたしはいつも汗かきべそかき必死に生きている。そのわたしをまるで母なる大地のようにどっしりと見守っている。そのおかげでわたしは安心して生きていけるのだ。

わたしははじめてのネットカフェではインターネットが出来ただけで喜び、はじめてタクシーに乗れただけで喜び、はじめてドリンクをオーダー出来ただけで喜んだ。これらすべて、日本人としては当たり前にしてきたことだから、この程度のことで自分を誇らしいと思うことは当然なかった。でも、ただ国が変わっただけで、ただ言語が変わっただけで、わたしはほとんど赤ちゃんのように何も出来ない存在になり、赤ちゃんがはじめて出来たことを無垢に喜ぶように、わたしもまた喜んだ。

 

あれも出来ない
これも出来ない

 

そんな私が

 

あれも出来た!
これも出来た!

 

で、いっぱいになっていった。毎日毎日その喜びのエネルギーがほとばしるのを感じていた。

わたしが当たり前と思っていたことは、旅での日々で次々にぶち壊された。それはもしかしたらたいそれたことではないのかもしれない。道端に我が家のように寝るたくさんの犬。時間通りに来ない電車に、外の景色をまともに楽しめない汚い電車の窓。ランドリーにお願いしたのに、他の人の洗濯の色移りをして返ってくる服。

どれもこれも到底、日本ではないことだらけだった。でもそもそも何が普通なんだろう?何が基準で何がすごいんだろう?もしかしたらそんな「普通」が幻でしかなかったのかもしれない。わたしは自分が勝手に作り上げた「幻の世界」で生きていたのかもしれない。次から次へと当たり前が面白いくらいひっくり返されていった。それは時にトランプをめくるくらい軽くひっくり返される時もあれば、時にはガラガラと崖が崩れるくらいの衝撃の音を伴いながら半ば強引に革命を起こされることもあった。それと共に、今まで感じていた「わたし」も変化していき、旅の中でまだ見ぬ自分に出合っていくことになった。
→「便座の脇で笑う理由に続きます

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